トップ情報好奇心をくすぐる情報>初めてのキャンプ 三村さんの思い出(達川光男)

初めてのキャンプ 三村さんの思い出(達川光男)

達川光男のブログをヨガナンダのN.S氏に教えて貰ってから楽しませて貰っている。広島弁で書かれているのが懐かしい。達っちゃんの広島弁がそのまま声になって聞こえて来るようです。

入団早々広商の三村先輩からのきつい洗礼を受けた時のシリアスな話をユーモアを交えながら思い出として語っているのですが、高校野球でキャッチャーをやっていた私には我が事のように思えてほろっとさせられてしまいました。


今日はワシの最初のキャンプの思い出の最終日にしようね。

そしてその後は、いよいよワシのキャンプリポートを聞いて頂きましょう。


キャンプの前日、ワシらはキャンプ地・日南に到着した。

明日から、いよいよキャンプが始まるんじゃが、ワシはその前にどうしてもしておきたい事があった。

それはワシの母校、県立広島商業高校の大先輩お二人に挨拶しておきたかったんよ。

当時のカープには大下剛さん、三村敏之さんという二人の大先輩がおられた。

ともにカープでレギュラーを務められ、一時代を築かれた名選手。

ワシが入団した時は、すでにお二人とも球界を代表するような選手じゃった。

このお二人に挨拶なくしては、ワシのキャンプは始まらない。


まず、大下さんを訪ねると、大下さんは盲腸の手術をされた直後でキャンプ地に来ておられなかった。

次に三村さんを訪ねると、先輩は部屋におられた。

挨拶すると三村さんはこう言われた。

「 せっかく来たんだから、達川。 バット振ってみろ 」

そこでワシは、先輩のバットを借りると思いっ切り振ってみせた。


問題はこの後なんよ・・・・。

今も忘れることが出来ない。 ホンマ、厳しい一言を頂いた。

三村先輩は、ワシのスイングを見ると 「 フーッ 」とため息をついた後で・・・・、

悲しそうに、こう言われた「 何でお前、プロに入ってきたんだ? 」

何でって?・・・、

「 ドラフトで指名されたからじゃないですか・・・ダメだったですか? 」 って言いたいけど、

そんなん言えるわけもなく、黙っていると・・・。  三村さんは更に衝撃発言を続けたんよ。

「 達川。ええか、そのスイングでは100%、プロで通用せん 」

憧れのプロ野球に入って、初めてのキャンプスタート。 遠足に行く前日の小学生のような心が・・・、

完全にうち砕かれた瞬間じゃった。

初キャンプの前日に・・・ 100%、プロで通用せん・・・。 心、折れるでぇ。

今振り返っても、人生でここまで落ち込んだ瞬間はなかった気がする。


ワシの落ち込みようが凄かったんじゃろうなぁ。 三村さんがすかさずフォローしてくれた。

「 まぁ、達川。お前はキャッチャーだから、打てなくてもええじゃろう 」

( ワシ ) おっ、何か少しええ感じになってきたぞ。

「 その代わり、取りあえず、8番バッターに入るわけだから・・・ 」

( ワシ ) やっぱり、使ってもらっても、8番か・・・、 しかも、もう決定してるし・・・。

「 監督の作戦だけは出来るよう頑張れ 」

( ワシ ) これが明日からのワシの目標じゃのう。

監督の作戦が出来るよう・・・。これは「 監督が出す戦術を叶える技を身につけよ 」という意味なんよ。

送りバント、スクイズ、エンドラン、右方向への進塁打・・・ その他、色々あるけど・・・、

「 そのサインに確実に応えられる選手になれ 」 という大先輩からの教えじゃった。

そして、三村先輩は、こうも付け加えられた。

「 それだけ、きちんとやっとけよ。 心配するな。間違いなくお前には、ホームランを打てというサインは出ない。 また、出せないから 」

( ワシ ) そんなに丁寧に念を押してくれんでもええのに・・・。 


しかし、この時の先輩の教えが、ワシのプロ野球の生き方を決めたと言っても過言ではない。

そのお陰で、ワシはチームに迷惑をかけない程度には戦術に応える技術を身につける事が出来た。

そして、それが出来始めると、「 何でプロに入ってきた 」とため息をつかれたワシがレギュラーになれた。

打順はやっぱり、先輩の仰った通り、8番じゃったけどね・・・・。


「 お前にはホームランを打てというサインは絶対に出ない 」 と言われたワシじゃったが、

実は、生涯に一度だけ「 ホームランを打て 」というサインを出された事がある。


昭和61年のペナントレース。

相手はどこじゃったか、はっきり憶えていないけど、同点だったのは憶えている。

カウントはスリーボール、ノーストライク。

その頃、三塁コーチボックスには、現役を引退された三村さんがおられた。

三塁コーチはベンチからのサインを中継してバッターに伝える事が仕事じゃった。

バッター完全有利なカウント。

ワシは三村三塁ベースコーチを見た。

大したサインは出てなかったと思う。

スリーボールからは、普通、待てのサインが出る事が多いけど・・・、

実際はそうでないこともある。 狙い球を絞って打てるなら打ってもよし。みたいな時もあるんよ。

三村さんはサインが出てない時でも、いかにも何かありそうなふりをする事があった。

相手がそれを気にするだけで、精神的に味方が有利になれるから・・・。

野球を知り抜いた三村さんならではの、隠れたファインプレーじゃった。


その三村コーチからサインを受け取った瞬間、目と目が合ったんじゃなぁ。

すると三村さんの目が笑ったんよ。

笑ったというか、あれはイタズラを考えついた子供の目。 まさにそれじゃった。

三村さんはサインの一連の流れの最後に、左手をバッティングする格好で大きくブーンと振って見せた。

大きく振った腕は最後にレフトスタンドを指していた。

そんなサインないし・・・、と思ったワシは思いついた。

三村さんの目が、「 タツ。 ホームランを狙ってみいや 」と言っていた。

「 先輩。それはワシには生涯、出ないはずのサインでしょう? 」

ワシは心の中でつぶやいたけど、その時ワシは胸が一杯になった。

新人時代、キャンプイン前日の事が思い出された。

先輩に言われたあの一言に心が折れたワシ。 そのワシを励ましてくれた先輩の言葉。

先輩もあの日の事を憶えていてくれたのかなぁ。

先輩、こんなサインおまえには絶対ないって言ったじゃん。

少しはワシのこと認めてくれたんかなぁ。

そんな事を思い出しながら、ワシは次の球を思いっ切りひっぱたいた。


ここでホームランを打てればかっこいいんじゃけどなぁ。

そこはワシらしく、そうはいかないのよ。

打球はどでかいファールになってスタンドに消えてった。


ホームランを打てなかった恥ずかしさで、ワシは先輩にあのサインのホントの意味を聞けずにいた。

そして、それは最後まで聞けないまま、三村先輩は若くして亡くなられた。


あれは当時のベンチのサインじゃない。 

監督がワシにホームランを打てなんて言うわけないもん。

あれは先輩がワシに出してくれたサインじゃったと、今でも思っている。


心が折れた初キャンプの前日、三村先輩は最後にワシにこう言ってくれたんよ。

「 達川。 キャッチャーで一番大切なものは、監督以上に勝ちたいという気持ちを持つ事じゃ 」

「 いいか。達川。 監督が勝ちたいと思うのは当たり前。 それ以上に勝ちたいと思わんとダメなんじゃ 」

「 いいか達川。 いいキャッチャーにならなくてもいい。 勝てるキャッチャーになれ 」


歳を重ねていくとつくづく思う。 若い頃の先輩の忠告は金言じゃ。

三村先輩には感謝しても、し過ぎる事がない。

じゃが、今となっては先輩にお礼を言う事も出来ん。


キャンプの季節が来る度に、ワシはワシのプロ野球の原点を思い出すんよ。


さて、そんなオセンチになっとるワシが、次は今年の各球団のキャンプをビシっとリポートするよ。

それじゃぁ、今日はこの辺で・・・。

また、ここでお会いしましょう。


達川光男が広島弁丸出しで球界の裏話を、面白おかしく時には人情味溢れるほろりとする話を聞かせてくれます。達川とは憎めない男であり、男が惚れる男の中の陰の男です。

← Back     Next →