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日米安保条約なぜ再改定か(上) 自立努力なくして真の協力はない

2011.9.22 15:30 防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛

昨年は現行の日米安保条約(「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」)の締結から50年、今年は旧日米安保条約の誕生から60年という節目に当たる。だから、去年か今年には日米両国政府間でそれに相応(ふさわ)しい慶祝があるべきだった。

が、現実は違った。2年前の政権交代で誕生した鳩山由紀夫首相の信じ難いトンチンカン外交で日米関係は混迷、菅直人後継首相にも日米関係立て直しの能力が欠けていた。ただ、菅政権には変な怪我(けが)の功名がなくもなかった。

昨年秋の尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件後に米国務長官をして「尖閣は日米安保条約適用対象地域」と明言させたり、3・11以後の米軍「トモダチ作戦」の展開があったり。米国のこの言動は日米安保関係の価値を日本国民に強く再認識させることになった。

そのことは、来年1月に実施予定の内閣府「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」で裏書きされよう。「日米安保条約は日本の平和と安全に役立っていると思うか」と質問されると、「はい」の回答はポスト冷戦期にも上昇の一途を辿った(平成21年で76.4%)が、次回調査では一気に80%台に届くのではあるまいか。

民主党政権では金太郎アメよろしく、どこを切っても「日米同盟が基軸」との声がこだまする。ならば、日米安保肯定の世論がかくも強いことは喜ばしいか。無論、喜ばしい。が、そこに問題はないか。私見では重大な問題あり、だ。


条約読まずに肯定

なにが問題かといって、条約の内容と構成についての日本国民の無関心、無知識ほど嘆かわしいものはない。「条約を読んだことがあるか」と尋ねられて、一体、日本人の何パーセントが「はい」と答えるだろうか。恐らく5%未満だろう。私の推量では与党議員の場合でも3割程度だろう。要するに日本人は安保条約を読まないまま、それが「日本の平和と安全に役立っている」と答えるのだ。

51年前、国会議事堂は「安保反対」デモの大波を浴びた。後年、私は当時の反対運動の闘士の多くと知り合ったが、彼らは異口同音に条約なぞは読まなかったと回顧した。反対理由は「巣鴨帰りの岸の仕事だから」だった。国民の大半はこの言い分を許容し、ために岸信介政権は条約の自然成立を待って退陣した。

今日、ネガ・ポジ関係は反転している。日本国民の圧倒的多数が条約を読まずに現行安保条約を肯定している。これでいいはずがない。と言うのも、現行条約の構造は世界に類例のない異様なものだからだ。

要するに、第5条で米国は有事に日本防衛義務を負うが、日本は逆の義務を負わず、代わりに第6条で日本は日本の安全と極東の「平和及び安全」への寄与として対米基地提供の義務を負う。「非対称の双務性」の異常構造だ。普通の相互防衛条約だったならば、今さら読み返せとは言わぬ。この異様さだからこそそれを読み、これでいいかと議論すべきなのだ。

もともと岸首相が望んだのは普通の、つまり条約構造上は対等の相互協力、相互防衛の条約だった。主権国家として当然のことだったが、憲法の制約を指摘され、それは成らなかった。だから、同首相は後年の条約再改定を望んだ。しかし、安保騒動の再燃を怖れた後継指導者世代はその道を避け、世論も眠り込んだ。


停まった安保意識

今日の日本は自衛力を含めて国力の面では半世紀前とは比較にならぬ大きな、重要な存在である。ただ安保意識面では時計の針は停まったも同然だった。

私は1年前、日米安保条約再改定必要論を唱えた。ドンキホーテ視する人びとが多いのを承知の上で。

以後、自問自答と有志との討論を重ねた。その再改定試案がここにある。読者諸賢の論評を乞うが、若干の説明を加えておきたい。

第1、試案は条約構造上の対等性を旨としている。現世のすべての契約がそうであるように、それは実力対等性とは別物であり得る。日米は防衛義務でも基地提供に関しても形式上、対等である。それをどう活かすかが条約運用の肝だ。

第2、条約適用範囲は現行条約の「日本及び極東」を大きく超える。が、これは現行条約下の日米合意諸文書ですでに確認ずみ。

第3、集団的自衛権行使の相互義務化(両国それぞれの所定条件の下で)を謳う。この問題での日本の現行政府解釈は是正される。

第4、再改定のキーワードは「自立と相互協力」だ。「相互協力」は現行条約ですでに謳われているが、真の自立努力なくしては真の相互協力は期し難い。

【プロフィル】佐瀬昌盛

させ・まさもり 本紙「正論」執筆メンバー。昨年正論大賞を受賞。1934年、大連生まれ。東京大学大学院修士課程修了後、防衛大学校教授などを経て拓殖大学海外事情研究所客員教授、防衛大学校名誉教授。防衛・安全保障専門家で北大西洋条約機構(NATO)研究の第一人者。

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