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再生の成否は中国対処

2013.1.10 MSN (安倍首相に申す) 櫻井よしこ

安倍晋三政権が意欲漲(みなぎ)るスタートを切った。政治の重要な役割のひとつは国民の士気向上であり、世の中に前向きの雰囲気が生まれてきた点で安倍首相の第一歩は確かな成功をおさめている。

が、経済成長を日本復活の大前提としながらも、そこにとどまることを許さない重要課題が待ち受けている。それらは外交、安全保障問題であり、どれも老練かつ周到な戦略を必要とする。戦後体制からの脱却を目指す首相は経済成長に終始した池田勇人であってはならず、政治の役割は独立の気魄(きはく)に支えられた国家再生にありとした祖父岸信介を目指してほしい。

日本の再生なるか否かは、中国の脅威にどう対処するかで決まるといっても過言ではない。

中国はいま、尖閣周辺の海で国家海洋局等に所属する公船と、中国人民解放軍の軍艦による二重の構えで日本の領土領海を窺(うかが)う。中国公船が尖閣周辺の接続水域および領海に侵入するのはすでに日常のこととなり、尖閣諸島の約80マイル北方の海には中国海軍のフリゲート艦等、軍艦2隻が昨年9月下旬以降、常時配備されている。

対してわが国は海上自衛隊の護衛艦1隻を配備し、彼らの動きを監視し続けている。


海自護衛艦に中国艦船に近づくことを禁じた外務省

ところが外務省は、中国の軍艦が尖閣諸島に近づこうと南下する肝心要のとき、海自の護衛艦に中国艦船に近づくことを禁じたと、政府筋は語る。海自は、中国艦船の前方に立ち塞がってはならず、切迫した局面ではむしろ遠ざかるよう指示されるというのだ。

中国艦船が尖閣諸島に近づけば、海自は中国の軍艦から見える範囲に移動し、監視していることを示して抑止力とするのが安全保障の常識だ。護衛艦を「見えない所」に退けよと指示する外務省方針が中国に付け入る余地を与えるのだ。

中国は海に限らず、尖閣諸島周辺の領空侵犯も辞さない。報じられることは少ないが、領空侵犯一歩手前の防空識別圏(ADIZ)への侵入が高い頻度で続いている。当初侵入機は中国国家海洋局所属の航空機だったが、現在は中国軍機が侵入を繰り返している。

安倍首相はこの地域空域の防衛力強化に1200億円上積みし、11年ぶりに防衛予算を増やし、自衛隊の積極的活用を指示した。中国側がADIZに侵入する場合、航空自衛隊の戦闘機が緊急発進し、曳光(えいこう)弾で警告射撃を行うことなどを含む交戦規定(ROE)の作成も念頭に置いた。一連の指示こそ、極めて理に適(かな)うものだ。


自衛隊をまともな軍隊にするための法整備も

尖閣防衛の予算や装備の充実、ROEの作成などは、中国の脅威に直面するアジア諸国も米国も支持するものだ。首相は一連の措置が理性的な考慮の結果導き出されたことを示すと同時に、日本の防衛力強化の努力は今回限りではなく継続して行うこと、自衛隊をまともな軍隊にするための法整備も着実に進めることをアジア諸国に明確に説明するのがよい。

地球儀を念頭に置いた安倍首相の戦略、外交、安全保障政策は地域の安定を望むアジア太平洋諸国および米国にも歓迎されている。

安倍首相が真の日本再生を目指すとき、恐らく最も困難な問題は歴史問題であろう。中国は年間7千億円もの対外広報予算で、米国など日本と価値観を共有する国々の歴史認識を反日に導く情報戦を展開してきた。結果、歴史観に関する対日包囲網が作られてきた。

一例が新年早々の『ニューヨーク・タイムズ』紙(NYT)の社説である。昨年12月31日、産経紙上で首相が、1995年の村山談話に代わる「21世紀にふさわしい未来志向の談話を発表したい」と述べたことを、ロイター電を基に激しく非難する社説だった。


「性奴隷」「右翼」「修正主義」「恥知らず」多出する社説

「性奴隷」「右翼」「民族主義者」「修正主義」「恥知らず」などの修辞が多出する社説には感情的反発と知識の欠落が顕著だ。

だが、わが国外務省は端(はな)から反論する気力を失っている。靖国問題であろうが慰安婦問題であろうが、米国の基本的価値観に反論すれば親日的な米国人も反発する、キリスト教的視点で慰安婦の存在自体が悪いと責められれば、反論や説明の気力も萎えるというのだ。

官僚の発想に従う限り、日本は永遠に根拠なき不名誉に甘んじなければならず、日本に殉じた人々の慰霊もできない。だからこそ、困難であっても政治家が日本の名誉を守るための課題に取り組み始めなければならない。米国人には日本の国柄と歴史を説き、日米両国の歩みには共通の失敗とより良い未来への共通の志があることを丁寧に説かなければならない。

たとえば、戦時中の慰安所における売買春と同様の事例は戦後占領下の日本でも米国側の要請によって行われた。「性奴隷」というが奴隷は米国の制度だ。アフリカから幾多の人々を強制連行し、人間ではなく物として扱った。


日本人、戦前の売買春が“常識”も深く自省し…

だが米国は歴史の経過の中で性、人種、如何(いか)なる差別も撤廃すべくどの国よりも熱心に取り組んだ。私はその米国に深い敬意を払っている。そのような国柄を創った米国人の良識を以(もっ)てすれば、日本の反省も努力もどの国よりも理解できるはずだと確信している。

たとえば、かつて日本は第一次世界大戦後の国際社会の秩序構築に際して、人類で初めて人種平等の原則を提唱した。そして現在、日本人は戦前の売買春が当時の常識であったとしても深く自省し、米国同様普遍的価値に資するべく努力を重ねている。

こうしたことに関する相互理解促進と情報発信に、国家の使命として、腰を据えて取り組む枠組みづくりこそ首相の責務であろう。

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