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音楽療法



 『すい臓癌の末期なんだ・・・』と兄から電話がありました。18年ぶりに聞く声です。不思議な事に、その二日前の9月29日から30日にかけて徹夜で二組のスピーカーアタッチメントを作っていた時に兄の事が頭をよぎったのです。

 その音は素晴らしく、シリアルNo.を080929、080930と書き込みながら、「あ〜兄の誕生日だ」と思いました。「かれこれ20年近く会っていないなあ〜」・・・。「この”080930”は大切にしよう」と思った矢先の事だったのです。

 こんなのをテレパシーと言うのでしょう。すい臓癌というのは物凄い痛みがあると聞きました。すぐ先にハイエンドショーが控えていたので、それが終ってからでないと私も身動きが取れません。

 10月の中旬に神戸まで会いに行きました。結構元気そうでした。散歩したいと言うので、西宮のヨットハーバーあたりを5キロほどでも歩きましたでしょうか、普段歩きの少ない私の方がしんどいと思うほどでした。

 その後も3回ほど会いに行きましたが、一週間毎に見る見る衰え、筋肉質な身体もあっという間に骨と皮になってしまいました。抗がん剤のせいなのか食欲が無く3〜4日何も食べられなかった時もありました。ドクターも『この病気は痛みを取って上げるのが最大の治療なんです』と言うのが精一杯のようです。


 桜の花を彫った純白の湯飲み

 何をしてやれるのかと考えた時に、平穏な気持ちになれるようにとしか思い浮かびません。そこで陶芸家の吉永氏に何か作ってくれないだろうかとお願いして、出来上がって来たのが桜の花を彫った純白の湯飲みです。彼曰く、神聖な気持ちで向き合えるのに一ヶ月近く掛かったそうです。


 その姿を見てすぐに思い浮かんだイメージは、真っ白な内掛けをまとった花嫁姿でした。またそのフォルムから思い出したのは、兄が小学校の修学旅行のお土産で買ってくれた奈良の”大仏ゴマ”でもありました。自分の物は買わず、小遣いのほとんどを費やし、「無意識の内に買っていた」と教えられたその時の嬉しさは何を天秤に掛けても勝てるものではありません。兄を慕う私の原点です。

 『その純白の湯飲みで飲むお茶はとってもおいしい』と嬉しそうです。


 CD2枚分の値段のCD付きラジオ

 若く輝いていた時代を思い出して貰おうと思い、近くのノジマにCD付きのラジオを買いに行きました。手頃なサイズの物が3,980円でありました。信じられない安さです。素性の良い音がしています。これを息子と二人で出来る限りのノウハウを投入してモディファイしました。


 ネジの加速度組み立てに始り、主要箇所の内部配線交換、プラスチックボディーの共振調整、めがね型の電源ケーブルも作りました。中でも裏カバーの振動集結ポイントを強制的に決める為に、数ミリのタッピングネジを2ヶ所に取り付けたのが効きました。


 これ以上安くてシンプルなステレオを触る事は今後も無いでしょうが、商売抜きで腕を試す絶好の機会となりました。 

 ”音と音楽の違い”を長く研究して来た成果が現れ、「これ以上の何を望もう!」と思うほど音楽を感じます。兄の嬉しそうな顔が目に浮かびます。
 
 テレビショッピングで買ったオールデイズを中心としたディスクと一緒に何枚か選んで持って行ってやりました。


 ステレオのあるべき真の姿

 一番最初に聞かせた曲がポールアンカのダイアナでした。イントロが始まるや感極まって大粒の涙を流し、『嬉しい!』と一言、その後は嗚咽で何を言っているのか言葉になりません・・・。

 ステレオ屋をしていて良かったとつくづく思いました。

 これぞ私の天職と改めて確信出来た瞬間でもありました。

 兄は海外生活が長く、さしづめ海外版寅さんのように自由気ままな人生を送って来ました。波乱万丈の人生、どんな思いが去来したのでしょう・・・。

 その夜はリクエストに応えて何時間もディスクジョッキー役を買って出ました。

 昨日まではトイレに行くにも足元がふらついていたと伝え聞いていたのに、翌日は打って変わってご機嫌で、点滴のポールをマイクスタンド代わりにステップを踏みながら踊り始めるほど元気が出たのです。

 若い元気な頃の事を思い出すと脳がその時のモードに変わり、脳神経から刺激を受けた影響で体の全てが僅かな時間でも若かりし頃の肉体に戻るのでしょう。
 
 恐るべき音楽療法の力を感じました。

 ラジオで聴く音楽も高級オーディオで聴く音楽も詰まる所は同じです。

 ステレオのあるべき真の姿は”感動を感じられるかどうか”の只一点のみであります。


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